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真我を一番にする(後編)

おはようございます。
YSコンサルタントの木下英治です。
本日もよろしくお願い致します。

私は、「佐藤康行の真我」の、
「自分のやりたい部分」だけを、
受けとろうとしていた心の姿勢に
気づきました。

そして、その心の姿勢が、自分自身を
葛藤させ、苦しんでいた事に気づいて、
「それ」を捨てました。

私は、心の姿勢が今までと全く変わって
いました。

佐藤先生に必死に食いついていく。 

そして、佐藤先生が、炎のセールスの
大号令を出してくださいました。  

私は、佐藤先生の伝えてくださった事を、
全面的に全て受け止めるんだと、
必死に食いつきました。

自分の思いでやると、全てに食いつかず、
自分のやりたいとこだけとか、
下手すれば、全く食いつかず、
今までの自分の在り方と、
全く何も変わろうとしないままで
過ごすことになる。

佐藤先生が言われた言葉。
何を伝えられたのか、しっかりこちらが
受け止めなければ、ざると同じ。
何年やっても変われないんだと、
気が付きました。

こちらの思いが、師匠の与えた事の
キャッチにいかに邪魔になるか。

佐藤先生のお話しで、『海の水を全部
あげます』、というお話しがあります。
コップで受け取るか、タンクローリーで
受け取るか、海を丸ごと全部いただくのか。

それとも何も受け取っていないのか。

真我を一番にする。

自分の思いを捨てる事で、今回、
佐藤先生の炎のセールスの指導で
言われた事を、受けとる心の姿勢が
整っていた事が、快進撃に繋がったのだと
思います。

また、私が変わったから、環境が変化した
のではなく、これは佐藤先生が
よくおっしゃる「啐啄同時」なのではと、
私は思いました。

啐啄とは、どちらも、鳥のくちばしの事。
卵の中の雛と、卵の外の親鳥が、同時に
卵の殻を、口ばしでつつくタイミングの事。

このタイミングは、片方が早くても、
遅くても雛が孵れずに死んでしまう。
タイミングが自然と合う事で、
雛が孵る事が出来る。

私が思いを捨てようと捨てまいと、
炎のセールスの出版プロジェクトは、
1年半以上前から動き、このタイミングで
佐藤先生が大号令を発する事は決まってた
のだと思います。

そのタイミングに、私が思いを捨てれた
タイミングがピッタリ合ったから、
あたかも私にとって環境が激変したかの
ように見えましたが、
これが啐啄同時だったのではと、
私は思いました。

佐藤先生に焦点を当てている限り、
全てが全自動で良くなり続ける。

奇跡が起きない方が奇跡。
破壊は修復されていき、
問題は解消されていく。

本当に凄い体験をさせていただきました。
佐藤先生のお陰様です。

しかし、佐藤先生のやられている事を
考えると、あまりにも不甲斐ない
自分だと、気づかされるばかりです。

本日も最後までお読みいただき、
ありがとうございます。

YSコンサルタント 木下英治